2011-10-02

縄屋 鮨と日本酒 レポートその2

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 吉岡さんが鮨を握ります。
 背筋をビシっと伸ばして客と会話など交しながら握ればいかにもそれらしいのですが、指先から視線をそらすこともなく、一生懸命ユキノブ君です。
 かっこいいのはむしろ鮨のほう。きちんと密度があり、ネタとシャリが一体化し、丁寧さと美しさが同居した仕上がりです。

 「独学なんですよ」と奥さんの恭子さん。


 鮨をやろうと思いついたときは、なにかずっと、カウンターにひとりでこもりきりだったんですよ。何をしていたのか、私はよく知らないんですけど、ずっと何かをやっていました。



 さて、この夜の鮨ネタです。


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 「鮨と日本酒」といっても、私たちは寿司屋に来たつもりはありません。縄屋だから来た、吉岡さんだから来た。もちろん、吉岡さんも、縄屋のバリエーションとして鮨を位置づけています。
 そこで吉岡さんが考えついたのが、ネタの二重使い。
 これから握ろうというネタを使って小皿料理をまず一品、その後にネタとシャリで鮨として味わう。
 サザンも聞いて桑田も聞くみたいな趣向ですね。





1 甘鯛


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 小皿料理は昆布じめです。


 宴のオープニングに行待さんの用意した酒が、笑顔百楽の斗瓶どり。非売品です。


 形容に戸惑う芳香は「傾城の美女」としかいいようがありません。口の中で酒はただ広がるのみ。花火でいえば2尺の大玉。ブログに書けそうな感想を誰かが言ってくれないかなあと待ち受けていたのですが、「うわっ」とか「えーっ」の声だけでした。



2 赤かじき


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 小皿料理は、広い意味ではマグロの山かけです。山芋ではなくてオクラを使っています。ちょこんとのっかっているのはわさび。


 酒は、笑顔百楽の市販品に変わりました。斗瓶どりと異なるのは、プレス(搾り)をかけてあるところ。斗瓶どりよりも酒を飲んでいるという感触がはっきりしますし、その分、鮨ネタとの相性のよさもわかりやすくなってきます。



3 白いか


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 小皿料理はゲソを炙ったもの。肴は炙ったイカでいい、ですね。
 イカはどんな日本酒にも万能の相性だと行待さんが言います。
 
 酒は錦蔵舞に変わりました。とろんとした舌触りです。イカの旨みとの絡みやすさを考慮したのでしょう。その通りの効果でした。



4 鮑


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 小皿料理は刺身と肝の組み合わせです。赤酢を使った酢飯に変わりました。


 「鮨ネタに隠し包丁まで入れてあるから、歯ごたえもあってしかも噛みやすい」と、客のひとりが吉岡さんに語りかけます。「噛めないことには味もわかりませんからね」と吉岡さん。


 行待さんは、酒燗器のそばで、さっきから温度計を見つめ続けています。そして山廃純米酒七〇の熱燗を出してきました。


 熱燗です。57度まで熱くしてあります。普通はここまで熱くしないと思いますが、鮑の肝にこれがよく合います。肝の味が口に残っているうちに熱燗を口に含んでみてください。驚いてもらえると思います。


 行待さんが言うようにやってみました。熱燗を飲むタイミングが1秒早くても遅くても大違いなのですが、ぴたっと合致したときには口の中でまったく新しい料理が生まれます。「!」という味です。その味は意図して出せるものではありません。人間の生理のみが生み出せる味です。


 この組み合わせを、予行演習のうちに発見することになりました。それまで知りませんでした。その場のみんなが驚きました。誰にとってもおいしいという味があるものなんですねえ。


 行待さんがそう続けました。



5 鯵


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 小皿料理は、鯵の刺身と茗荷の組み合わせ。吉岡夫妻が山から採ってきた茗荷です。大徳寺納豆のすりおろしをそこにふりかけてあります。たったこれだけのアレンジというべきか、刺身にここまでのアレンジというべきか、とにかく美味。


 酸味のある酒ということで、祭蔵舞が出てきました。
 行待さんのウンチク。


 祭蔵舞は精米率60%の山廃仕込みです。少し酸味を感じます。
 山廃仕込みですから、乳酸菌を添加していません。乳酸菌は雑菌の繁殖を抑えてくれます。人工的に添加したほうが酵母の生育が早くなるのですが、山廃仕込ではあえて空気中の乳酸菌に任せます。


 いま、このお酒は10度まで冷やしてあります。日本酒は15度を境にぱっと香りがたちあがります。お猪口に注いだら15度まで上がるのはすぐですから、注ぐ前は、それを見越した上で、10度に冷やしてあります。


 「よくそこまで語るなあ」とか、自分の父親と年齢がかわらない客にひやかされながらも、行待さんはなんら臆するところがありません。まだ30歳前の行待さんですが、いずれ酒蔵を背負って立つための資質をすでに漂わせています。



6と7 鯖と鰆


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 小皿料理は、鯖と鰆の刺身を添えたこなれ寿司。縄屋のこなれ寿司は雑誌サライの10月号にも紹介されました。飯尾醸造のプレミアム酢を使っていることもあり、飯尾醸造がサライへ推薦したそうです。
 詳しくは縄屋のブログをごらんください。http://nawaya.jugem.jp/?month=201109


 酒は、祝蔵舞に変わりました。この銘柄の由来は醸造米の「祝」です。「祝」は、京都府立農業試験場丹後分場で昭和初期に誕生しました。日本酒用の品種です。



8 のど黒


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 のど黒はお椀になって出てきました。
 のど黒はいまがいちばんおいしいと、吉岡さんと行待さんが口を揃えて言います。


 なに?これ、ほんとにお魚?


 女性客のひとりが驚嘆しました。ここが京丹後市だからといってそこまで驚嘆しなくても。
 けれども、その驚嘆、実によくわかります。私も、こんなに脂のよくのったのど黒は初めてでした。秋田でも、新潟でも、富山でも、金沢でも、のど黒を食べました。でも、今夜がイチバン!


 出汁にものすごく合う酒にしました。


 行待さんがその言葉の後に続けた銘柄をメモし忘れた上に、帰り際に聞いてくるのも忘れました。いま流れを思い返しますと、笑顔百楽の斗瓶どりでまず間違いないと思います。



9 蛤


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 蛤は、この茶碗蒸しだけでした。鮨にはお約束の茶碗蒸しに蛤を用いたといったところです。
 おいしそうな匂いに釣られてひと口食べてしまいました。しまった、まだ写真を撮っていなかった。


 この茶碗蒸しには、カウンター全員からさまざまな褒め言葉が寄せられました。それぞれの声を要約しますと、このような茶碗蒸しのおいしさは初めてだということになります。
 「縄屋の秋の定番です。普段はここに栗も入ります」と吉岡さん。来る回数が少なすぎるから知らないだけでしょという皮肉をこめているわけではありません。


 マッシュルームと蛤を使った茶碗蒸しですが、食材の形はどこにもありません。食材を白ごま油でソテーしてからミキサーにかけてあるそうです。


 酒は、イカのときと同じ錦蔵舞になりました。


 ここまで宴が進んできますと、行待さんもウンチクより客との世間話で忙しい。


 今月、テレビのBefore Afterに出る家って、どこやったかいな?
 あ、それ、大丸醤油ですよ。さっきここに醤油を持ってきてましたよ。峰山ですねえ。撮影に使うとかいって、うちから弥栄鶴の空瓶を500本ほど持って行きました。



10 穴子


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 穴子はご飯で出てきました。こんなプチサイズの炊き込みご飯です。こういう意外性が吉岡さんの楽しさ。おいしいに加えて、記憶に残る何かがあれば、客の満足が膨らみます。意外性といえば、もうひとつ。ご飯には柴漬けが混ぜ込んであります。


 酒は祭蔵舞。ちょっとした酸味がわさびに合うだろうと行待さんがいいます。



11 巻物(大根菜、沢庵大名煮)


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 似すぎていてふたつの区別がつきません。どちらかが大根菜で、どちらかが沢庵大名煮です。
 大根は縄屋の畑でとれました。間引きしてきたのを漬物にしてあります。間引きの野菜を上手に使いこなすのが縄屋流です。


 巻物を食べ終えたら、酒は、きょうおとめ。デザート酒です。


 栃木県宇都宮市の「ベリー・ファーム・ケイ」が育てた高級トチオトメを使った果実酒。祝蔵舞にイチゴが溶け込んでいます。
 ここの野口圭吾さんが栽培するトチオトメの高級さ加減は半端ではありません。最上品は24粒12万円といった値段だそうです。竹野酒造はそこまでの高級品を使ってませんが、それでも375mlで1890円の価格です。


 地産地消を大切にして丹後のイチゴを使ったらどうだ?という質問も出ていました。しかし、行待さんは、丹後のイチゴの品質ではベリー・ファーム・ケイにかなわないといいます。


 きょうおとめをひと口。イチゴの甘さや香りが一瞬口の中に広がり、広がる直後から消え去ります。そのオン・オフ切り替えのスピード感が楽しい酒です。あとに何かが残らないからまた飲める。なるほどと思いました。



12 厚焼卵 栗渋皮煮


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 カステラではありません。厚焼卵。
 宴もこれでひと幕。有意義な時間でした。6時半に始まって、すでに時刻は10時になろうとしています。


 これが祇園だったらいくら?銀座ならいったいどういう値段?


 誰かがそう話し始めました。この鮨と日本酒の企画は、ひとり8400円です。


 隣り合わせた神戸のご夫妻とは孫談義で盛り上がり、もう一人向こうの峰山の女性からは、大宮のイタリアン店「うさぎや」と大江町の和食店「長谷」を教わりました。


 この日ご縁のあったみなさんに、LAST TANGO IN 丹後と福知山雅治を宣伝してきました。