2013-06-23

伊根(京都府伊根町) 日経おとなのOFFを読んで

名称未設定の書き出し1

 どこかの雑誌、どこかのテレビ局が、毎年のように伊根を取り上げます。「伊根なんて、他がやってしまった後じゃないか」とはならずに、「伊根ならうちもやってみよう」とGOサインが出るんでしょうね。伊根にはメディア魂をくすぐる何かがあるから。そう思ってよさそうです。
 
 今回は、「日経おとなのOFF」7月号が伊根を書いていました。

 「日経おとなのOFF」の記事は、以下のような書き出しです。


 深く澄んだ、碧緑の伊根湾の海は、水鏡のようにどこまでも静謐だった。その水をかき分けながら通過する大小の漁船と、上空を飛ぶ白いカモメの群れ。どこか素朴さを残した漁港の景色は、見る者を郷愁へと誘う力を持つ。
 丹後半島の東の突端に位置する、京都府伊根町。その湾の周囲5kmには、230もの舟屋がずらりと立ち並ぶ。舟屋とは、船を収納する建築物のこと。その舟屋が海際ぎりぎりまでせり出すように立つ風情は、世界的にもまれだという。



 碧緑、静謐、郷愁、海際ぎりぎり、風情、世界的にもまれ・・・
 伊根の魅力を伝えるキーワードを短い文章のうちに散りばめ、さすが記者さん、うまいこと書いてあります。勉強になります。「美しい日本語を綴る おとなの文章読本」という特集を読むためにこの雑誌を買っただけに、賞賛の気持ちもひとしおです。


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これは2年前の3月。カモメのキスシーンを目撃した


 民宿鍵屋の鍵賢吾さん、そして向井酒造の向井久仁子さん。この二人が記事を支える二本の柱です。この二人の言葉からは、私の生活は伊根の豊かな風土抜きに成り立たないという自覚が伝わってきます。

 鍵賢吾さんは、「手を抜かずに真面目に働けば、伊根の豊かな自然と風土が僕らを助けてくれるんです」と語ります。向井久仁子さんは、「都会に比べたら何もない。でも、ここの生活が最も贅沢だと思います」と取材に答えています。

 この二人は、いわゆるUターン組です。生まれ育った伊根の素晴らしさに気づきなおして帰郷してきました。
 鍵賢吾さんはまったく新しいスタイルの舟屋民宿を成功させ、向井久仁子さんは古代米の赤米から「伊根満開」を創出しました。
 伊根の風土や人に支えられて事を成し得た二人だけに、ここで生きることの価値をきわめて明瞭に語ることができます。記事は、二人の目と心を通して、伊根の懐の深さを伝えようとしています。


20110717-DSC07622「鶴瓶の家族に乾杯」ならこういう何気ないチャンスをまず見逃さないだろう


 「日経おとなのOFF」のみならず、伊根を取り上げたすべてのメディアが賞賛するとおり、伊根湾の眺めはひとめぼれに値します。目に映った景色が、郷愁と風情のスケッチ画として心に刻まれます。

 あの美しい海沿いの景観がいまもなお健在なのは、舟屋がなんらかの役割を背負い続けているからだと思います。隠居夫婦の住まいであったり、逆に若夫婦の住まいであったり、物置きであったり、民宿や飲食店であったり、まさに「なんらか」の使い道で役立っています。

 かつては漁船と共にあった舟屋ですが、時代の成り行きで漁業と舟屋の関係性が大いに薄れました。漁船収納の用途が途絶えれば、波打ち際を自然地形のまま放置する理由もありません。いまの舟屋のほとんどはコンクリート護岸化された敷地に立っています。舟屋の他に増改築用の土地がない、重要伝統的建築物群保存の規制があって解体できないなど、現実と妥協を重ねた「なんちゃって舟屋」の横顔も見せつつ、それでも最大限に舟屋であらんとする。それがいまの舟屋の正体でしょう。

 なんちゃって舟屋であれ、ほんものであれ、舟屋のある生活があの美観を支えているだけで私には充分な感激でした。さらに、地元の人たちとふれあう機会を得るに連れて、もっと心を惹かれていきました。
 伊根の人口は、951世帯・2437人。暮らしは海沿いばかりか山沿いにも広がっています。高齢化率がなんと42.7%にも達する過疎地であり僻地でありながらも、不思議なことに、伊根にはうらぶれた感じがありません。

 話は少しズレますが、健康にいい食べ物を選ぶ際に栄養素密度という評価尺度があります。カロリーが高くてもビタミンやミネラルといった微量栄養素の量が少ない食べ物は栄養素密度が低く、カロリーが低くても微量栄養素が豊富に含まれる食べ物は栄養素密度が高いことになります。ビタミン・ミネラルが貧弱でカロリーばかり豊富な食べ物は、人を無駄に太らせ健康を害します。

 伊根は栄養素密度の高い食べ物だと、私は思います。カロリーは低くてもビタミン、ミネラルは豊富です。そこを捉えて向井久仁子さんは、「ここの生活が最も贅沢だ」と語ったのでしょう。鍵賢吾さんが「手を抜かず真面目に働けば、伊根の豊かな自然と風土が僕らを助けてくれる」と話すのも、伊根の恩恵にきちんと向き合う心構えがあるからでしょう。

 この二人に限らず、伊根の人々は栄養素密度の高さを無自覚のうちにも自覚しているのではないでしょうか。伊根のありがたさは交通の不便や高齢者比率の高さで変わるものではないことを、みんながよく知っているのではないかと思えてなりません。だから、伊根はうらぶれた感じをどこにも漂わせていない。いや、むしろ人の心のすがすがしさや潔さが家並みに現れているようにも感じます。

 伊根に心いやされる感触はカメラでもキーボードでも表しきれません。それを承知の上であえて言葉にすれば、「ここで暮らせればいいな」の憧れに端を発する安堵感だと思えます。伊根で暮らし続ける人たちの心意気を眩しく感じる気持ちも混じっています。もちろん、憧れはあくまで憧れ。定住まで思い切れるはずもありません。それゆえに私は、幾度も幾度も伊根を訪れたくなります。

 そこで「あ、そうだったのか」と気づきます。何度も伊根を訪れる私の動機と伊根の暮らしを愛する地元の思いが決して別々の心情ではなかったのだと。もう少し広い見方をすれば、地元の愛でる伊根が観光客の愛でる伊根と一致する可能性も大きいわけで、実はそこに伊根観光の真髄が隠れているのではないかと私は思います。世界遺産選定で集客増を目指そうとする宮津・天橋立とはまったく異質のものです。

 「鶴瓶の家族に乾杯」を見るたびに思います。いっぺん伊根に来てくれないかなあ。NHKの公式サイトを見たら、あの番組が京都府に来たことはまだ一度もありません。

 鶴瓶さんの手腕にかかれば、誰もが伊根の語り部に変わります。あの番組ならば渋いところに手が届くのではないか、これまでのメディアが伝えられなかった何かを引き出してくれるのではないか。そう期待したくなるのです。

<私の伊根関連の記事(18件)はこちらからどうぞ→http://osachun.blogspot.jp/search/label/%E4%BC%8A%E6%A0%B9


キャプチャ

「伊根浦観光振興ビジョン」のPDF資料から転載。交流人口=観光客と解釈できる。平成5年の38.5万人は、NHK朝ドラ「ええにょぼ」効果。伊根町は10年後に観光客数50万人を目指すと意欲満々だが、この人口推移予測と高齢化率では「マジっすか?」の目標だ。 

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