2013-07-19

番外編:はるにれ(岐阜県大垣市) 店もママも大いに個性派

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 また来たくなる喫茶店と旅先で出遭う。これは嬉しいことです。
 今回、旅先と言えば大袈裟すぎますが、岐阜県大垣市までドライブした日に、そんな一軒に出遭いました。
 「はるにれ」というその店は、ブランドものコーヒーカップのミニ博物館。こんなカップで飲んでみたかったを叶えてくれる店でした。


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お好きなカップでどうぞ

 おとうさん、あの喫茶店が気になるんだけど。
 片側2車線の向こう側を指差しながら妻お龍が言いました。たしかに、自己主張のありそうな店です。よし、行こう。その気になって先に横断報道を渡り始めたのは私のほうでした。

 カウンターに座るなり目に入ったのが、ブランドものコーヒーカップの数々です。人生60年、これだけの高級カップが勢ぞろいする光景を目にしたことがありません。たまたまの選択が大当たりです。

 店の食器棚に並べられた数が100客ちょっと。
 カウンターの上にぶら下げられている数も100客以上。
 全部で250客近い数になるでしょうか。

 じぇじぇ。

 じぇじぇなどと、ここでびっくりするのは早かった。
 いま見ているのはコレクションのほんの一部。これと同じ数のカップを2ヶ月に1度は総入れ替えするというではありませんか。

 じぇじぇじぇじぇ。

 「どれでもお好きなカップを選んでいただいていいんですよ。このへんはウエッジウッド、このへんは大倉陶園、こちらがマイセンとロイヤルコペンハーゲン、これはブルガリ、ここは有田・・・」と、ママがひと通り説明してくれます。

 きわめてコレクション性の高いカップも混ざっています。伊勢志摩観光ホテル高橋忠之シェフ(元総料理長)専用バージョンとか、民間女性がどこかの国の王妃に就任するたびに作られてきたシリーズとか。

 開店したのは30年前。それ以前からママはコーヒーカップを買い集めていました。神戸そごうの外商から新着品の写真を入れた郵便が送られてきて、気に入ったものがあれば注文していたそうです。

 昔は、6客で1セットだったでしょ。その売り方しかしてくれなかったでしょ。

 たしかに、そうでした。1客ずつでは買えませんでした。おのずと数が増える理屈です。だとしても、6客1セットだからといってママが買うのをためらったとも思えません。

 どのカップも秀麗です。「どれでもお好きなものを」と言われても、どれがお好きなのか自分で自分が分からない。憂愁をたたえたものから匂い立つようなものまで、迷い始めたらきりがない。

 私はウェッジウッドの青いカップ、お龍はマイセンの花柄を選びました。

 
20130715-_DSC9511私はウエッジウッドのこのカップを選んだ。紺から水色まで、青色の濃淡がいいと思った。

20130715-_DSC9512お龍の選んだマイセン。神戸そごうのリクエストで製造されたものらしい。


アメリカンはイヤなんです

 コーヒーの修業も神戸でしましたと語るママ。どれくらいの期間だったのかは聞きそびれましたが、給料なしでどこかの店に置いてもらったそうです。実技指導を受けるのではなくて、壁にへばりついたままプロのやることをひたすら見続ける日々でした。

 夜になると、その日学んだことを手紙に書きました。手紙の宛先は大垣市の自宅です。自分宛の手紙にしておけば後々の参考になります。やり方を忘れないためというよりも疑問に思ったことを忘れないためだったというのが、いかにもこのママらしいと思いました。なにごとも「はい、そうですか」では済まさない人柄を随所に感じていました。

 さっきのことですが、私たちは、カウンターに座るなりアメリカンを注文しました。
 それを聞いたママは、「アメリカンですか。アメリカンというのはですねえ」と言いながらカウンターの中を移動してきました。私たちの正面に立ったママは、カウンターの上にぶら下がったアメリカン用の大きなカップをひとつ手に取って話し始めました。

 ママによりますと、アメリカンやカフェオレは、大きなカップを使って180mlの分量にするのが決まりだそうです。それには豆もお湯もたくさん使うことになって金がかかる。

 私はそれがイヤなんですよ。

 客が注文して、店主がイヤだと応じる。ガリレオの湯川学じゃないけど、実におもしろい。
 でも、いまから思うと、あれはママの言い損ないですね。言いたかった本当の中味はそうじゃない。

 アメリカンが薄味なのは、浅く焙煎した豆を使うからです。浅く炒った豆を多く使ってお湯も多く使います。豆を多くすればそれだけコストが嵩みます。そこまでご存じないお客さんのほうが多いんです。たいていの店はアメリカンとブレンドが同じ値段でしょ。アメリカンのほうが高いなんてお客さんの理解を得られないからです。じゃあ、どんな風にすれば同じ値段にできると思いますか?

 と、ママはそんなことを言いたかったはずです。

なんとここで実証実験が始まった

 私はそれがイヤなんですよと言ったママ。ここで実証を始めました。

 下の写真、右側は、いつも通りに淹れたブレンドコーヒーです。
 左側は、残った豆にさらにお湯を追加して出したコーヒーです。
 ママは、右側を一番煎じ、左側を二番煎じと呼びます。


20130715-_DSC9515右が一番煎じ、左が二番煎じ。両方をあわせるとアメリカンくらいの量になる。


 一番煎じを飲んでみてください。

 おいしい。これはおいしい。

 そうでしょ。では、二番煎じを飲んでみてください。

 味も香りも薄いけど。

 でも、まだコーヒーらしさは残っているはずです。では、次に、一番煎じと二番煎じを混ぜて飲んでください。

 そう言いながらママは、ふたつのコーヒーを別々のティースプーンですくって、それをひとつにしました。

 さあ、どうぞ。

 えっ?! めちゃまずい。なんでこんな味になるの。

 どうです。わけのわからないものになったでしょ。

 この店のコーヒーは通常よりも粗く挽いてあります。細かく挽いた豆に熱湯を注ぐと雑味までが一気に出てしまう。粗く挽くことでそれが緩衝される。そういうことだそうです。そこまで気を遣っているコーヒーでありながら、一番煎じと二番煎じが混じり合ったときには本当にひどかった。ファミレスのドリンクバーの数倍はまずい。

 この実験目的は、ママの説明なしでも分かります。
 ブレンドとアメリカンを同じ値段にするためにはお湯を多く使って量を増やせばいい。それは誰にもすぐ察しがつく。でも、その結果、一番煎じと二番煎じが混じり合ってしまって、こんなにまずくなる。そこまで分かった上でアメリカンを注文しているお客さんは少ない。

 と、まあ、こういうことなんでしょうねえ。
 これは実験ですから、ママは一番煎じと二番煎じを1対1の割合で混ぜました。実際には3対1くらいで一番煎じの量が勝りますからここまでまずさは目立ちません。でも、一番煎じで止めておけばとてもおいしいコーヒーをわざわざまずくしていることにかわりはありません。

ママに怒られながらコーヒーを飲む店


20130715-_DSC9526これは有田焼。柿右衛門作のコーヒーカップ。

 ここの話をブログにさせてもらっていいですか?

 私がそう尋ねると、「どうぞ、どうぞ。ママに怒られながらコーヒーを飲む店と書いている人もいますよ。それで検索してもらったら出てきますよ」という返答でした。ママがうるさい、ママの話が長いという口コミもあるそうです。

 スプーン1本でも2千円では買えないものを使っているのに、ここにあるコーヒーカップの値段を2~3千円にしか思ってもらえないことがある。店を始めた30代半ばの頃は自分がまだまだ生意気で、その度にカチンときていたそうです。

 東海地方で喫茶店といえば、モーニングの量で勝負するなど、実用本位で割安感を強調した店でないと流行らない。そういうアドバイスを受けてコーヒーにフランスパンを無料でつけていた時期もあるそうです。

 ママも決して我が道だけを進んできたのではなくて、とっておきのカップで飲むおいしいコーヒーだけでいいのかと迷いながらだったようです。反面、1日に400人が殺到するような日曜日もあったといいます。最盛期には200人という日も珍しくなかったそうです。

 そんなこんなで30年。分かってもらえる人に分かってもらえればいいと考えるようになったといいます。

 分かってくれる人>分かってくれない人なのか、分かってくれる人<分かってくれない人なのか、その大小関係は分かりません。それがどちらであっても、分かってもらえて喜んでもらえることが有難い。だから今日も店を開けるということなのでしょう。

 私は気が短いし、好き嫌いもはっきりしています。一昨日もヤマダ電機の店長に「従業員教育をちゃんとやってくれ」と文句を言ったくらいです。そんなわがままな私が、この個性派の店とうるさ型のママにまったく悪い印象を持ちませんでした。それどころか、近ければいつでも行けるのにと思っているくらいです。

 ママは、自分が何ごとも「ハイ、そうですか」では済ませられない性格だけに、きちんと説明しないと分かってもらえないのは他人も同じだと思うんでしょうね。アメリカンひとつであれだけの実証をするくらいですから。
 ちゃんと分かってもらおうとするのは、相手の知性を尊重しているからだと私は思います。でも、客は十人十色ですし、場合によっては、怒られたとか、うるさいとか、話が長いとか、そういった受け止め方になってしまうのでしょう。

 店名「はるにれ」の花言葉をネットで調べましたら、交流、信頼、高貴、威厳・・・なるほどなあ、まあ、そういうことやわと思った次第です。

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