2013-08-14

武生ナイフビレッジ(福井県越前市) 顧客指向ゼロの包丁販売

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 ここは武生ナイフビレッジの鍛造工場です。
 釜の中で800度まで燃え上がった炎を背に受け、焼きを入れた刃物から放たれる熱を顔面に受け、作業を進める鍛冶職人。もちろんエアコンは役に立ちません。扇風機の風ひとつ。打刃物の製造過程は苦行のようです。

 

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 武生ナイフビレッジは、福井県越前市余川町にあります。北陸自動車道の武生ICから走行10分程度の場所です。
 この風変わりな円柱形の建物が、包丁の売店と越前打刃物の資料展示に充てられています。この建物の2階から工場内へと通路が伸びていて、包丁作りのさまざまな過程を上から見学できる構造です。


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 こちらは刃物作りの体験工房です。90分のペーパーナイフ教室から1泊2日の鍛造ナイフコースまで、8つのプログラムが用意されています。
 私が到着したときには、若い女性二人が、6時間の包丁コースを終えようとしているところでした。刀身を差し込んだ柄のお尻を木槌で叩きながら、最終工程の柄付けに取り組んでいました。この二人はとても運がよくて、「世界の佐治」と呼ばれる名職人から直々の指導を受けたそうです。

 出来上がったのは、いわゆる三徳包丁でした。久美子という名前が刻まれていました。自作の揺るがぬ証です。


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 最終段階の指導を受け持つ職人さんが、新聞広告を下向きに垂らし、その紙にスーッと刃を入れながら、切れ具合を確かめます。まるでカミソリを立てたように、気持ちよく紙が切れます。

ーーー この切れ味を一度覚えたら、切れない包丁にイライラしますよ。トマトを切ってみたら分かります。皮に刃を置くだけで中にすっと入っていきますから。

 その職人さんのお母さんは、台所の包丁の切れ味が少しでも落ちると、「こんな包丁使いたくない」と言い出すそうです。

ーーー 俺が鍛冶屋になってから、うちのオフクロは贅沢になっちゃって、研いでくれ、研いでくれとうるさくって。

 結婚式を間近にした新郎が包丁を作りにくることもあると、もう一人の職人さんが言いました。これは披露宴のサプライズです。新郎の手作りによる包丁に新婦の名前を打ち込んでプレゼントするのだそうです。

ーーー 必ず新婦が泣きます。

 泣いてもらえるからいいんですが、包丁片手にニヤリとされたらゾッとしますよ。


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 こちらは包丁の売店です。
 武生ナイフビレッジの弱点は、包丁の売り方だと思いました。
 顧客指向がまったく感じられません。

 経済産業大臣の伝統的工芸品指定を受けている打刃物産地は、全国に7ヶ所あります。越後与板、三条、信州、播州三木、堺、土佐、そして、越前です。そのなかでも、越前武生は、職人気質の強さが特色で、手作りへのこだわり精神も高い産地です。

 その越前打刃物の産業組合が運営する包丁ショップへやって来たのですから、やはりそれなりの満足感を得て帰りたかった。しかし、実際のところは、商品がただ展示してあるだけです。これではコーナンなど大型量販店の売り方となんら変わるところがありません。

 せめて包丁の選び方だとか、使い道だとか、そういう掲示物がプロ集団からのアドバイスとしてあってもよさそうなものですが、飾ってあるのは、職人さんたちの写真だとか、こんな賞をもらっているとかだけで、武生の技はこんなにすごいんだのアピール一辺倒です。

ーーー 武生ナイフビレッジのインターネット通販商品の実物が見たかった、3万円くらいする包丁だから、実際に手にとってみて気に入ったら買いたかった。ここに来たらすべて実物があるかと思ったけれど、見本のない商品も多い。

 店の女性スタッフにそう告げますと、注文生産品だからすべての見本は用意できないと、その女性は答えました。
 見本をこしらえる手間やコストを惜しんで商品選択の手助けは後回し。買う客よりも作る自分たちの都合を優先するのが当たり前という感覚でやってるわけです。
 話の中味にかかわらずものの言い方がぞんざいな女性スタッフだけに、余計にカチンときました。

 インターネット通販サイトも不親切きわまりない構成です。高価な包丁でありながら商品説明がまったくといっていいほどありません。それでは購入に踏み切れないという理由で武生ナイフビレッジに来たのですが、木で鼻をくくったように高飛車な対応に出会っただけです。

 それでも、包丁そのものは魅力的でした。私は、安立勝重さんが作った鋼(青紙鋼)の菜切包丁を買いました。8800円でした。
 遠い昭和を思い出す姿形と、磨きなしの黒い色が気に入ったからです。


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 しかし、家で野菜を試し切りしてみて、あまりにもナマクラな切れ味にガッカリしました。越前打刃物はこの程度のクオリティーなのでしょうか。形状に根ざす切りやすさはたしかに感じましたが、いかんせん、刃そのものの切れ味がよくありません。

 紙を切ってみましても、体験教室で見たようなスパっとした切れ方ではなくて、刃で紙を破っている感触です。体験教室の職人さんは、トマトの皮に刃を置くだけで入っていくと言っていました。体験教室で素人が作った包丁ですらそれくれい切れるというのに、商品であるこの包丁は少し押し引きしないと皮を切ることができません。鋭さが見られないのはどういうことでしょうか。

 私は、武生ナイフビレッジに電話しました。野菜の話、紙の話、トマトの話を伝えました。応対は買ったときと同じ女性のようでした。刃のついていないものを売ってしまったのかと思ってびっくりした、でも、野菜が切れるという話を聞いて安心したと、そんな答え方です。

 紙が切れないことについては、紙をすぱっと切るには包丁の下ろし方にコツがあると言います。
 トマトの皮が切りにくいことについては、刃の薄さもひとつの要素だし、切れる切れないの判断はどのような切れ味を求めるかによっても違ってくると、あいまいな答え方です。

 素人が作った体験教室包丁でもよく切れていたことを伝えますと、あれは職人が最終仕上げをしてますから切れて当たり前ですとの返答です。それならば、8800円で売っているこの包丁のほうを素人が仕上げたとでも言うのでしょうか。

 包丁よりも自分がキレそうでした。包丁は切れないし、自分がキレてもよくないし、そんな私がかろうじて切れるものといえば、電話だけ。不愉快な女性スタッフ相手のこの不愉快な電話を切るしかありません。

 家にある包丁を研ぎ直して、切れ方を比べてみました。そちらのほうが、紙もスパッと切れましたし、トマトの皮にもすっと入っていきました。買ったばかりの安立勝重作がいちばんナマクラとはどういうわけでしょうか。打刃物技術700年を誇る武生ナイフビレッジが粗悪品を売っているのでしょうか?

 8月25日、アヤハディオに関孫六の研ぎ師がやってきます。そのときにこの菜切包丁を持っていって、プロの目で刃付けのよしあしを評価してもらおうと思っています。

2 件のコメント:

  1. こんにちは。
    タケフナイフビレッジには昔から気になっていてどうせ包丁を買うなら歴史もあるしここでと思っていました。
    ただ、自分も同じくネットのHPだけではよくわからないので一度機会があれば実際見に行って買いに行こうと思ってたのですが期待できなさそうですね・・・。

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  2. ゆういちさん

     こんにちわ!

     まず電話してみて、お目当ての包丁の実物があるかないかですねえ。
     高い包丁がどれもないというのではなくて、2万円くらいの包丁があれこれ並んでいました。
     それと、販売姿勢も電話対応から自然と伝わってくると思います。
     私が買ったときの女性店員はもう退職しているかもしれませんから、現在は私の体験談があてはまらないかもしれません。

     あの売店は、観光バスでやってきた団体さんに見物していってもらえたらそれで充分ということなんだと思います。その点で、本当に包丁を選びたい客には不向きなのでしょう。

     ここは包丁作りの体験教室がいちばんの値打ちだったんだなあ、これはぜひ自分もやってみたいと思いました。あのとき生徒は若い女性3人組でした。とても楽しそうにやってました。たぶん男でも同じように丁寧な指導をしてくれると思います(笑)

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